山田昇司
この絵本の著者・古川豊子さんは山口県在住の現在84歳の女性である。広島に原爆が投下されたときはまだ10歳だった。母親と姉が広島市内に住んでいた伯父夫婦の救助に向かうのだが、そこで2人は二次放射能を浴びる。そしてそこから家族の苦難の日々が始まる。
しかし著者がそれを語ったのは72年後であった。その体験はあまりに過酷で語れなかったのである。「あとがき」においてもまだ、母の死の光景と父の苦悩は「私一人のものとして命を閉じるまで」心にとどめておきたかったと述懐されているほどである。翻訳プロジェクトの一員であった私自身もそこで語られている事実の重さに英訳の手をしばらく止めてしまうことも一度や二度ではなかった。
本書のタイトル「あざみの花」は著者が自分の母親をその花に喩えたことに由る。「華やかさはないが、初夏の畦道や山野の雑草の中に咲く郷愁を誘う花」のようだったと述べている。その母親が歩むことを余儀なくされた「死の人生」を日本だけでなく海外の人にも知ってほしいと願ってこの対訳絵本は作られた。米国が投下した原爆で数万の人々が一瞬のうちに無差別に殺戮され、生き延びた人も「死の人生」を歩まざるを得なかった。
その一人が古川さんなのだが、彼女の「原爆さえなかったら!」「二度と原爆を繰り返してはならない!!」という叫びはどうしたら実現できるのだろうか。わが国の政府は、「核兵器禁止条約は安全保障の現実を踏まえていない」と述べて、被爆国であるにもかかわらず、その署名・批准を拒否している。中国や北朝鮮を理由に米国の「核抑止力」が必要だと考えているのである。しかし、現在の危機的状況をつくり出している元凶はどこにあるのか。核廃絶の道はそれを探求しない限り永遠に見つからないかもしれない。
この対訳絵本『The Thistle Flowerあざみの花』がそのことを議論するきっかけとなることを私は願っている。(2019/9/2)
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