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ふかくて、おもしろい漢字の話(前半)―「犬が戻る」と「疾病で失敗」(山田昇司)

山田昇司

 つい最近のことであるが、図書館別室で漢字の本を見つけた。本の題名は忘れたが「漢字の由来」について書かれた雑学本のひとつである。数頁を拾い読んでみるとなかなかおもしろそうだったので借りて読んでみた。

 それを読んで昔から不思議に思っていた「大」と「太」の関係がわかった。「太」という漢字は元は「大きい上にも大きい」という意味で最初は「大〃」と書いていたが、そのくり返し記号が1本に省略されて「太」となったと書いてあった。

 すると今度は「犬」が気になってきた。「大」については人が両手両足を広げた形(つまり最も大きくなった状態)から来ていることを知っていたので「犬」もきっと犬の姿を象形したもので「丶」は犬の尻尾ではではないかと私は想像した。

 そこで漢和辞典を調べてみると私の推測は大まかには間違ってはいないが、正確ではないことがわかった。 ある辞典には「耳をたてたイヌの象形」とあり、また別の辞書では「尾をまいてほえたてるイヌの形をかたどり、これを立てて書いた」との説明があった。「丶」は耳と尾の2説あるようだ。文字の偏になると省略して「犭」となるが、こちらの方には「立ち姿」の形跡が確かにある。

 この「犬」と関連してもうひとつ面白いことがわかった。それは「戻」という漢字が「犬」と関係があるということだ。どういうことかというと「戻」の旧字には「丶」が付いていた「戾」であり、「犬が戸の下を身をくねらせてくぐりぬける」に由来するとあった。「丶」が残っていたらきっと楽しい漢字学習になったのにと悔やまれる。

 以上が「大」「太」「犬」にまつわる話であるが、実は私がこのように漢字に興味を持つきっかけとなった出来事がある。次はその話を紹介する。

 昨年の看護科「文献講読」の授業のときのことである。前年度に続きノーマン・カズンズ『笑いと治癒力』の中の英文を読んでいたのだが、その中に次のような英文が出てくる。

 左から右へ縦線で立ち止まりながらどんどん読み進んでいくのだが、1行目infirmitiesの語義「疾病」を「しつびょう」と読んで和訳した学生がいた。私は「これは「シッペイ」と読む。漢字検定なら2級レベルの難しい漢字だが、看護科の学生なら読めないとまずい」と解説し、ついでに「英単語なんか覚えてる場合じゃないな」と言うと微笑む学生の顔がいくつもあった。

 しかしそう言いながらも私はどうしてこんなふうに読むのかという疑問を以前から感じていた。実を言うと私も最近まで読めなくて家人に「よくそんなんで大学の先生やってるわね」と冷やかされたことがあったからだ。それこそ「英語なんか教えてる場合じゃない」のであった。

 そこで授業が終わってから漢和辞典で調べてみると、「病」という漢字の音読みには漢音と呉音があり、前者が「ヘイ」、後者が「ビョウ」であること、しかも前者の「ヘイ」と読む場合は「疾病」のときだけでかなり特殊なケースであることが分かった。

 さらに調べていくうちに「日」という漢字にも同様に2通りの音読みがあり、「病」と同様にお互いの音に類似性がないことを知った。それに2種類の訓読みを加えると次のようになる。


  訓読み 「か」       二日 三日 二十日 
   〃  「ひ」       日和 朝日 日々
  音読み 「ニチ」(呉音)   毎日 初日 三十日 日本
   〃 「ジツ」(漢音)  前日 即日 元日

 こうやって並べてみると、私たち日本人は毎日の生活で使っているので自然と読み分けられるが、外国語として学ぶ人にはなかなか大変だろうという気がしてきた。英語が基本的な易しい単語ほど発音と綴りの乖離が甚だしいように、日本語の場合も基本語ほどこういった音の変化があるのかもしれない。この点については一度調べてみたい。

 ちなみに「一日」については「いちじつ」「いちにち」「いっぴ」「ひとひ」「ついたち」などの読み方がある。ただ、「ついたち」は「月立ち」に由来するものなので除外すべきかもしれないが。

 もうひとつ気づいたことは「Japanジャパン」は漢音「ジツ」から来ているのではないかということである。「ジツホン」→「ジッポン」→「ジャパン」となる。これは何かで読んだことがあるような気もする。ただ、Wikipediaを見ると諸説あるようだ。

〔後半へ続く〕

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