山田昇司
こんな話(前半に記載)を次の時間のはじめに学生にも披露したのであるが、授業が終わったときにひとりの学生が「先生の書いた「しっぺい」の「しつ」は上に出てました」と言ってきた。私は「疾」の中を「矢」ではなく「失」と書いていたのだった。
恥ずかしい限りだったが、私は自分がどうして間違えたのかを考えてみた。すると私の間違えにはちゃんとした理由があることが判明した。以下にその説明をする。
漢字は「へん(偏)」と「つくり(旁)」から成り立っているのだが、一般的に「へん」では意味を示し、「つくり」では音を表す。例えば、「疲」「痴」「症」「痘」の「へん(偏)」は「疒」(やまいだれ)で一連の漢字が「やまい」に関連することを示す。
一方で「へん」の中にある「つくり」の「皮」「知」「正」「豆」は音を表しているので、この漢字はそれぞれ「ヒ」「チ」「ショウ」「トウ」と読む。熟語「疲労」「痴呆」「症状」「種痘」を読んでみるとそれがよくわかる。他にも「痔」「疫」「疼」「痒」「療」「瘍」などがあるが、「つくり」をみて「ジ」「エキ」「トウ」「ヨウ」「リョウ」「ヨウ」と読めばいい。
だから私はこの法則を適用して「疾」は「しつ」と読むので「つくり」は「失」だと早合点したのだ。ところが漢和辞典を見てみるとこの漢字は「疒」と「矢」から出来ていて、「矢が当たって怪我をする」が原義だと書いてある。「矢」は訓読みでは「や」だが、音読みは「シ」になる。「一矢(いっし)を報いる」という熟語に出てくる。「疾」は「シ」と読むのが基本である。
さらにこの漢字を含む熟語の「疾走」「疾風」「疾患」などをみてみると「シソウ」「シフウ」「シカン」ではなくて実際のよみは「シッソウ」「シップウ」「シッカン」となっている。「(シ)ッ」という音(促音)が次の音が出てくるのを促してより発音しやすくしているのである。いわゆる「促音便」である。
したがって「疾病」も同様に「シヘイ」ではなく「シッヘイ」と変わり、「ヘイ」の方も「ペイ」とした方がより滑らかに言えるので「シッペイ」となったのだろう。 つまり、「疾風」とそっくり同じ音の変化になる。
話はもう少し続く。先の授業で私は「病」について、音読みには「ビョウ(呉音)」「ヘイ(漢音)」があると言い、「病」を「ヘイ」と読むのは「疾病」ぐらいだから丸覚えしておくようにと言った。
しかしこの読み方も先に紹介した法則を使えば丸暗記の必要はない。「病」の「つくり」は「丙」だが、この漢字は戦前の通知表ではおなじみの「甲乙丙丁」の「丙(ヘイ)」である。ちなみに「失敗」という漢字もそのまま読むと「失言(シツゲン)」「失意(シツイ)」と同様に「シツハイ」となるが、実際には「シッパイ」と読む。これは「疾病」「疾風」「日本(ニッポン)」と同じ音の変化が起きたと言える。
以上で「シッペイ」で「シッパイ」した話を終わる。「上が出ていません」と指摘してくれた学生に感謝したい。
この失敗談「疾病で失敗」の後半部分はそのとき教えていた看護学科の学生には印刷して授業で配布したが、このForum投稿では冒頭に「犬が戻る」の話も書き加えた。私はそれまでは漢和辞典を引くことはあまりなかったが、最近は気になる漢字を見つけるたびに引くようになった。漢字とは実に奥が深く、なかなか興味深いものである。(20201113)
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