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生きるって何だろう(米田真理)

経営学部 米田真理

 私は、保健医療学部看護学科で「文学」という科目を担当しています。この科目では、日本の古典芸能の作品を題材に、近世以前に生命がどう扱われていたかについて考えています。

 以下の文章は、その「文学」のスピンオフ(外伝)として、書き下ろしたものです。が、世界中が新型コロナウイルスに立ち向かっている今、〝生きていく〟思いを共有できたらと思い、『フォーラム』にも投稿することにしました。

   〝生きる〟って何だろう? ―― 深夜の病棟ロビーで ――

 今から20年くらい前の、ある深夜のこと。とある大学病院の、入院病棟ロビーでの思い出です。

 そこは、昼間は、入院患者どうしがおしゃべりしたり、家族と面会したりする、にぎやかな憩いの場でした。けれども、消灯時間を過ぎると患者は病室に戻らねばならず、ロビーは急に寂しくなります。いるのは、救急搬送されてきた患者の家族や、緊急事態で呼び出された家族。または、患者に請われるままに付き添っているうち、帰るに帰れなくなった家族。ごくまれに、自分の感情が涙といっしょに溢れ出してしまい、病室にいられなくなった様子の患者もいました。深夜のロビーは暗く、重苦しい空気の流れる場所でした。

 私は、そんな深夜のロビーの常連でした。生まれて10ヵ月の息子が心臓外科で手術を受け、その付き添いでいっしょに入院していたのです。息子が目を覚ますと急いでミルクを作り、病室を抜け出して、息子が眠るまで1時間くらいロビーでだっこする毎日でした。同じような子どもや家族ばかりの6人部屋では、夜中に泣くのはお互い様で、気を使う必要はありませんでした。でも、うちの子はロビーに来るほうが早く眠ってくれたので、連れ出していたのです。

 深夜のロビーで私は、いろいろなことを考えました。わずか1年半ほどの間に自分の身に起こった出来事や、これからのこと。世の中のことも考えました。そのころのニュースでいちばん気がかりだったのは、インターネットで知り合った他人どうしの「心中」が相次いでいるというものでした。重症患者の多い大学病院で、テレビから流れるニュースとしてはあまりに酷で、私も自分の不安な心をえぐられるような気持ちになりました。なぜ〝生きる〟ことを自ら断たなければならないのか。〝生きにくい〟と感じるとき、どうすればよいのか。そもそも〝生きる〟とは、何なのか。赤ちゃんの体温を感じながら、私はあれこれ考えていました。

 ある夜、ロビーには私と息子の他には誰もいなくて、とりわけ静かでした。そこに、私たちとは違う診療科のほうから、1台のストレッチャーが、4人の看護師に押されてこちらにやってきました。その歩みには、いつも見慣れたストレッチャーとは違う感じがありました。つきものの点滴台も、慌ただしさもなく、ほんとうに静かに進んでくるのです。その違和感に目を奪われていた私は、はっと気付きました。ストレッチャーに載せられた人には、頭の先から足の先まで、すっぽりと白いシーツが掛けられていました。つまり、亡くなった患者だったのです。

 ストレッチャーは、私たちの前までは来ず、少し離れたところにあるエレベータの前で止まりました。エレベータが到着し、看護師のうち2人がストレッチャーに付き添って乗込みました。廊下に残った2人は、エレベータの中に向かって、深々と頭を下げました。それが別れの儀式なのだと悟り、私も、息子を腕にだっこしたまま、小さく手を合わせました。

 エレベータの扉が閉まり、動き出すタイミングまで、2人の看護師は頭を下げたままでした。そして、ゆっくりと頭を上げ、ほんの数秒間、患者を見送った余韻の中にいるように見えました。

 次の瞬間です。2人は顔を見合わせたり、声を掛け合ったりすることもなく、ほとんど同時に体の向きを変えて歩き始めました。無言で自分の持ち場に戻る歩みはとても速く、入院病棟に似つかわしいものでした。偶然なのか、私がそれまで気付かなかっただけなのか、点滴台のアラームやナースコールが、いくつも鳴り始めたようでした。病室には、看護師を必要としている患者が、たくさん待っているのです。2人の看護師の後ろ姿を見送りながら、私は、漠然と「これが〝生きる〟ってことなんだ」と感じました。

 仏教では、人間が避けることのできない「四苦」、すなわち4つの苦しみとして「生(しょう)・老・病・死」が挙げられます。このうち「生」は〝生まれてくる〟ことで、〝生きる〟ことを指すのではありません。〝生きる〟ことだって十分苦しいのに、と、私はずっと不思議に思っていました。それで、「ネット心中」の事件も、心に引っかかっていたのです。

 けれども、さきほどの出来事をきっかけに、一つの答えを見出すことができました。

 実は、ストレッチャーに載っているのが〝遺体〟だと気付いたとき、私は、気味が悪いというか、とてもいやな気持ちになってしまいました。けれども、一連の出来事を見た後では、そこに関わったすべての〝人〟が、厳かで、気高く、貴く感じられました。脳波とか、心拍とか、そんなものの有無には関係なく、これからの私の中で、すべての人が〝生きていく〟のだと確信しました。そして、答えを見つけた気がします。・・・〝生きる〟や〝生きていく〟ということは、きっと「生・老・病・死」のすべてを包み込んで、最も高いところにあるのだ、と。

 いま〝生きている〟私にとって、深夜のロビーでの思い出は、何にも代えがたい宝物になっています。

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