5号館の立木に、毎年秋になるとすごい変な匂いのする花をつける低木が植わってる。コロナ流行でマスク着用が義務みたいになっているので、多少は匂いを嗅がないで済むのだが、それにしても酷い。前を通るだけで異臭で頭がクラクラするばかりか、研究室の窓を開けているだけでも匂いが入り込んできて大変に神経に障る。集中できない。飯が食えない。本当に嫌な木なのだが、他の人たちは誰も気にならないのか、特に話題にも上らないのである。
今秋、目覚まし代わりのNHKラジオを漠然と聞いていると、「早朝に窓を開けるとキンモクセイの良い香りが漂ってくる季節になりました」というお葉書が読まれていた。
キンモクセイだよ!
その番組内の情報によると、場合によっては8km先まで“香り”が届くのだそうだ。
迷惑だよ!
ネットで雑に調べた結果、キンモクセイは暖地性の樹木で、北限がおよそ東北地方南部らしい。北海道にない花だから、こんなに変な匂いに感じるということか!?荒川弘は北海道十勝地方出身の漫画家であるが、氏のエッセイマンガによると
北海道はキンモクセイが生えてないので初めて出会うキンモクセイの香りってだいたい決まって「トイレの消臭剤」だもんな…
とのことである(荒川, 2021)。
いや、便所の消臭剤の匂いじゃねえよ、これ。全てを掻き消す嗅覚の暴力だよ。甘いような、発酵臭のような、植物毒のような。アムステルダムのコーヒーショップ通りの入り口で臭いで吐きそうになって引き返した大麻の匂いを思い起こさせるよ!ドラクエモンスターが眠りの状態異常に使ってくる“あまいいき”かよ!?眠れねえよ!!
とまあ、大変に苦労している例年の秋なのだが、内地の人たちは「良い香り」と認識しているのだから仕方ないだろう。というか例のごとくWikipedia情報なのだが、過去に7年間住んだ豊中市と2年間住んだ明石市の市花になっているらしい。そうなのか?住んでいた頃には全くこんな異臭を感じなかったのだが?どちらかというと明石はイチジクの匂い(最初何事かと思ったが正体を知って慣れた)の印象の方が強いのだが。
一方で私自身は、なぜかギンナンの匂いを何とも思わなかったり(臭いらしい。何臭いかが分からない)、ブナ科の植物(クリやシイなどドングリ類)の花特有と言われる匂いも特に感じない(何の匂いに似ていると言われているかは書かないでおく。こっちも理解できない)。北海道出身とか何とかいうよりも、やはり単に個人差なのかもしれない。あまりにも言い立てると、じゃあ何を植えるんだよ?という問題になってくるので、騒ぎ立てずに納めておくべきものなのだろう。
ところで5号館の正門側通用口には生け垣があるのだが、これが春先から夏にかけて、延々酷い匂いのする小さな白い花を咲かせ続けるのだ。コロナ禍の昨今(略)研究室に(略)毒(略)。こっちは勝手に沈丁花だと思い込んでいたのだが、今回調べたところ“アベリア”という灌木らしい。これは繁茂する代わりに手入れが楽という理由で比較的最近になって流行している庭木で、やはり東北地方南部を北限としているようである。本当にね、こっちはね、長いこと咲き続けてね、臭くてね、もうね。
ここで愚痴っていても仕方がないのだが、匂いというものは、一度気になり出すと止まらなくなる感覚なのだろう。荒川氏のエッセイにも「プルースト効果」が紹介されていたが、(真偽や強度や信頼性はともかく)これも感覚により感情や記憶がかき乱されてしまうという一例なのかもしれない。私はといえば、あまりにも耐えきれないので全国旅行支援を利用して長崎まで、ひまわりの匂いのするお侍さんを探しに行く旅に出ようかと思っている。
【引用文献】
荒川弘 (2021) フラッシュバック!!の巻. In: 百姓貴族, 7, pp. 93-94, 新書館, 東京.
【ED】 「四季ノ唄」 Nujabes feat. MINMI
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